華麗な転身で復活した『篠原ともえ』消えた空白の期間が気になる!

 

ドラマやバラエティ番組で大活躍の篠原ともえさんですが『シノラー』として一大ブームを巻き起こした頃の篠原さんとはかなり印象が違いますね!!

『台湾事件』をきっかけにテレビからめっきり姿を消してしまった篠原ともえさん。

それから十年弱がたち、イメチェンして復活!!

以前のイメージとは似ても似つかない大人の女性になっているではありませんか。

華麗な転身を遂げた篠原ともえさんの空白の期間に迫ってみたいと思います!!

『シノラー』時代の活躍ぶり

篠原ともえ シノラー
1995年にデビューし、その奇抜なファッションセンスと、個性的なキャラクターで歌手、タレント、女優、デザイナーとして多方面に活躍していました。

篠原さんを真似た女の子も現れ、彼女たちは『シノラー』と呼ばれて大ブームを巻き起こしました。

若い方にはイメージしにくいかと思いますので、今の芸能人に当てはめてみると・・・

きゃりーぱみゅぱみゅ さんが近い存在でしょうか?

ただそのパワー、キャラの濃さ、存在感きゃりーさんの2倍くらいあったんではないでしょうか?

よくしゃべるし、よく動くし、ネオンカラーで派手派手。
とにかく周りに元気をまき散らしている女の子って感じでした(笑)

消えていた期間の『篠原ともえ』

そんな大人気の篠原ともえさんだったのですが、キャンペーンで訪れた台湾で一騒動を起こしてしまいました。

これが『台湾事件』です。

さまざまな憶測と、スキャンダラスな報道が行われ、真相ははっきりとは語られていないのですが、日本に帰国し謝罪会見を開くなど、かなり大きな話題となりました。

そしてこの一件の後、篠原ともえさんは芸能活動を休止していたんです。

真相は謎のままなので『消えた』『干された』などの噂がさまざま浮上しましたが、どうやら篠原さん本人が仕事を断っていたようなんです。

芸能活動を休止していた期間、篠原さんは一体何をしていたのでしょうか?

『シノラー』ブームを巻き起こしたアーティスティックな才能に衰えはなく、アートに精力的に取り組んでいた ようです。

 

小さい頃から縫製や小物を自作していた篠原さんは、本格的に縫製技術を学ぶために一般入試で入学した文化女子大学短期大学部・服装学科を卒業し、衣装製作などに取り組んでいました。

そして、ユーミンの旦那さんである、松任谷正隆さんのラジオにゲストとして招かれた際に、ユーミンの衣装製作の依頼をうけたそうです。

見事、その衣装提供は大成功で、本人もユーミンも納得の完成度だったようですね!

 

幼い頃から興味があった『星』に関しても知識を蓄えていたようで、2011年には『第一回・天文宇宙検定』という検定を受講し、見事3級に合格したんです!!

 

そして『宙ガール』として、現在はラジオの天文番組のパーソナリティーも務めているみたいですよ。

更には篠原さんの天文仲間の協力もあって篠原ともえ 宙ガール
「宙ガールや天文のアピールに貢献してくれている篠原ともえちゃんの名前を、是非命名したい!」
ということで、小惑星の学術名に『Shinohara』という名を登録してくれたそうなんです。

なんてステキな天文仲間何でしょう!

学術名ということは、未来永劫『Shinohara』の名前が残るわけです。

 

また、テレビなどではほとんど報じられていませんが、アート面での活躍も目が離せません!!

篠原ともえ アーティスト

世界最大の国際デザインイベント『ミラノサローネ』こちらの作品を出店していて、日本を代表するアーティストとして海外でも注目される存在となりつつあるわけです。

まとめ

芸能活動を休止していた時期であっても、何かと精力的に活動を続けていた篠原ともえさん。

彼女自身の才能も相まって、素晴らしい結果を残していたんですね!

『シノラー』ブームを巻き起こしたカリスマ性、パワーはやはりダテではありません(笑)

無事に復活を果たした篠原さんが、今度どんなブームを生み出してくれるのか期待せずにはいられませんね!

そんな篠原ともえさんが、姿を見せなくなった理由については
>>復活を遂げた篠原ともえさんが消えた理由『台湾事件』の真相に迫る!
こちらの記事で詳しく紹介しています!

 

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2014-12-30 | Posted in 女性芸能人No Comments » 

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